1%の努力 (ひろゆき)

2ちゃんねるの開設者の生き方、考え方のエッセイ。 生い立ちから書いてあって、なかなか面白い。 タイトルからそうであるように、いかに努力しないで生きていくか。 というか、いかに食べていけて、世の中を渡っていくのか、を筆者の目線で書いてある。 インターネット社会とともに育ってきた筆者だからこそ、こう考えられたのであって、 …
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諏訪大社上社前宮 (2022 諏訪縄文紀行 4) 

諏訪大社上社前宮は、諏訪大社の中でも、もっとも縄文の気配を残している場所だと思う。 それは、諏訪大社の大祝(おおほうり)すなわち生神(いきがみ)が居を構え、諏訪信仰発祥の地と伝えられているからだ。 神社の入口に立つと、多くの他の神社と風景が違うことがわかる。 参道は斜面になっていて階段は右側に申し訳程度についている。 …
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チョンキンマンションのボスは知っている(小川さやか)

香港で活動するタンザニア交易人たちの日常と、彼らのビジネスを支える相互扶助組織のようなものをレポートしている。 筆者は文化人類学者であり、実際に彼らが根城とするチョンキンマンションに長期で暮らしながら観察したというのもすごいと思う。 タンザニア交易人たちは、急成長する中国の商品を、タンザニアにコンテナで送り込み利益を得ている。 …
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神長官守矢資料館・御頭御社宮司(おんとうミシャグチ)総社(2022 諏訪縄文紀行 3)

守矢家は76代にわたり一子相伝の口伝えにより、古代から諏訪大社の神事を伝えてきた。 その祖は、この地の洩屋神を長とする先住民に行き着くという。 そういった意味でここは今回の旅のスタート地点でありメインでもある。 幹線道路から奥まったところに、守矢資料館はある。 もともと守矢家代々の屋敷である。 今でも、たぶん敷…
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達屋酢蔵神社 (2022 諏訪縄文紀行 2)

茅野駅から上川に向かって、狭い坂道を下っていく。 茅野断層崖を氾濫原に降りていくのを実感する。 茅野という地名が、ここらがかつて諏訪湖の低湿地であったことを思わせる。 古い道らしく、地蔵や神社が現れる。 なにか呼ぶものがあったので、立ち寄ることにした。 由緒書きによると、祭神は達屋社と酢蔵社とい…
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旅のはじまり (2022 諏訪縄文紀行 1)

15年ぶりの諏訪再訪は中沢新一のアースダイバー神社編 を読んだことによる。中沢によると、諏訪は縄文古層の露頭が今なお認められるという。 旅に先立ち、中沢のテキストを整理し、図化してみた。 これを持って、諏訪縄文の旅に出ようと思う。 古代諏訪勢力図.pdf 塩尻で乗り換え、茅野に昼過ぎに到着する。 ホー…
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わたくしが旅から学んだこと (兼高かおる)

まだ我が家が白黒テレビのころ、日曜の朝は一家で朝食を食べながら、「兼高かおる世界の旅」を見るのが楽しみだった。 この本を読むと、あの番組は、スタッフは同行カメラマンだけで、企画から取材、編集、解説、出演に至るまで、すべて兼高さんがやっていたことがわかる。今でいうならぶっつけ本番的と言われるのだろうが、限られた予算の中で、当時の現地…
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アルファヴィル (ジャン・リュック・ゴダール)

ジャン・リュック・ゴダールの訃報が載っていたので、高校のころ見た映画「アルファヴィル」を思い出した。 コンピュータが支配する個人の感情や自由がなくなった未来都市アルファヴィル。 SF映画なんだけれど、舞台風景はまったくパリの日常風景ばかりで、なんかストーリーもよくわからなくて、そのへんがヌーヴェルヴァーグな映画なんだと変に納得し…
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「百舌鳥古墳群」巡りに行ってきた 

仁徳天皇陵(今では大仙古墳というようだが)には、時間旅行者を称するものとしてはずかしながらまだ未踏であった。 百舌鳥古墳群が世界遺産になったことだし、ちょうど、青春18きっぷが1回分残っていたので行くことにした。 最寄り駅は、百舌鳥駅だが普通列車しか止まらなくて、快速の止まる三国ヶ丘駅からの接続もよくない。無人化されたごくロ…
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布良海岸の神話と安房神社の洞窟遺跡 (2022 相模・安房 黒潮紀行)

布良海岸のそばには、標高は低いが特徴的な2つの小山がある。 布良海岸は阿由戸の浜といい、アメノトミノミコトが阿波国から上陸して、 その後、安房の国を開拓したという伝説の地と言われている。 男神山はアメノトミノミコトの祖先であるアメノフトタマノミコトで、 女神山はその妃であるアメノヒロトメノミコトを祀る。 まあ、…
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「布良海岸」の切り通しの道 (2022 相模・安房 黒潮紀行)

ずっと昔、まだ高校生の夏休みが終わるころ。 深夜放送だったと思う。 詩の朗読があって、その詩はうろ覚えだったが、なぜか印象に残り、 「夏の終わりの海で一人で泳いで、切り通しの道を帰りながら、私の夏が終わった」 という内容だった。 海岸の名は「めら」 まだ、インターネットもグーグルもない時代。 誰の詩なのか? どこ…
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青木繫「海の幸」が描かれた家 布良海岸 小谷家 (2022 相模・安房 黒潮紀行)

今回の旅の目的地の1つに布良海岸があった。 それは、詩人高田敏子の「布良海岸」の土地を訪ねるためであった。 事前に調べていると、青木繁が「海の幸」を描いたのも布良の地であることがわかった。 布良の小谷家に滞在して描いたという。 しかし、小谷家の開館日は土・日曜らしく、訪れたのは平日だったので外観だけでも見ようと思っていた…
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鯨資料館「勇魚文庫」を見学して、鯨を食べる (2022 相模・安房 黒潮紀行)

今回の旅の目的の一つに、「鯨を食べる」というのがある。 現在、日本で捕鯨基地があるのは3か所しかなく、その一つが房州和田浦である。 館山から和田浦を目指す。 途中の白渚海岸、5kmほどの長い砂浜である。 台風の影響で太平洋から大波が打ち寄せて、その波しぶきで遠くが霞んでいる。 サーフスポットらしいが、さすがに勇敢なサー…
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「根府川の海」という詩 (茨木のり子)

またまた、詩集を読んでいる。 今回の旅行の目的の1つに根府川駅に降り立つというのがあって、その元になったのは茨木のり子の「根府川の海」という詩である。 茨木のり子の「六月」という詩はまだ30代のころの私をドイツにいざなってくれた詩である。 六月 どこかに美しい村はないか 一日の仕事の…
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夫と妻の定年人生学(吉武輝子)

昭和62年に書かれた本であるが、いまでも十分通用する内容。 男の定年は、名刺から肩書が消える日である。 筆者の父は大手銀行の支店長であったが、退職後、鬱になり1年後に自殺する。 筆者がまだ24歳の時のこの事件が、この本を書くきっかけになったのかもしれないが、筆者の夫も、また近所の夫連中も退職し、ご近所界隈を不機嫌通りと呼ぶよう…
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松尾芭蕉 おくの細道(長谷川櫂)100分de名著

芭蕉は元禄7年に亡くなるが、 古池の句から8年、 みちのくの旅から5年後のことであった。 その8年は芭蕉にとって豊饒な歳月だった。 伝 芭蕉翁 椿杖 大津義仲寺2015.7撮影 朝日俳壇選者、きごさい運営者である俳人による「おくの細道」解説。 芭蕉が俳諧に新たな世界「かるみ」をもたらした旅を解説する。 …
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世界でいちばん貧しい大統領からきみへ (くさばよしみ)

前ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカをインタビューして綴った大人向けの絵本。 貧乏とは無限に多くを必要とし、もっと欲しがること。(アイマラ民族の教え) 君が何かを買うとき、君はそのお金を得るために費やした時間で買っている。 50年前私たちは富を平等に分配することで 世界を改善できると考えていた。 イデオロギー…
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「布良海岸」という詩 (高田敏子)

ずっと昔、まだ高校生の夏休みが終わるころ。 深夜放送だったと思う。 詩の朗読があって、その詩はうろ覚えだったが、なぜか印象に残り、 「夏の終わりの海で一人で泳いで、切り通しの道を帰りながら、私の夏が終わった」 という内容だった。 海岸の名は「めら」 まだ、インターネットもグーグルもない時代。 誰の詩なの…
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