刀の日本史(加来耕三) を読む

日本刀は世界でもまれな武器である。
「軽くて折れず曲がらずよく切れる」
武将の武器への願望であるが材料技術的には相反する。
そういった奇跡の武器である日本刀という視点から、
日本史散歩ができる面白い1冊だった。


よく古墳から出土するのは、太刀と呼ばれる直剣である。
青銅製からより強度の高い鉄製に移行する。
豪族は、権力の象徴として大陸から剣を求め、
また武器製造のための砂鉄も海外へ求めた。
伽耶国へ求めた結果が、倭・百済VS高句麗・新羅の戦いである。



現在のような日本刀のかたちが現れるのは「源平合戦」のころである。
すでに騎馬戦の時代となり、戦法はまず馬を射て、
跳ね落とされた武者を馬上から落として組み付き、
最後は、大刀、腰刀で討つという。


鎌倉時代、後鳥羽上皇がかなり日本刀を研究し、吟味した。
隠岐に流転となっても、現地に鍛冶場を作ったほどである。


元寇により、蒙古兵の革鎧に対抗するため、強靭で安価な刀を求めるにあたり、
その要求に適った量産体制の関が備前を台頭した。


南北朝、楠正成の愛刀は備前長船景光作の「小龍景光」である。
正成の死後、行方不明となっていたが、江戸時代河内の農家で発見され、
いくつかの人の手を経て、明治天皇へ献上されことのほか気に入り帯刀いしたという。



このように、名刀、名物と呼ばれる日本刀は、
その時々の権力者の手元に置かれ現代に伝わるものが多い。


実は日本刀は、実際の合戦で主力の武器ではなかった。
鎧兜に対する殺傷性では、弓矢が一番である。
ついで、薙刀が2割、その次は、投石や礫であった。
なんと、日本刀は実質1割にも満たなかった。
我々が時代劇で見る戦闘とはかなり違っていた。



と言いながら、これほど武士の魂とまで日本刀が言われ続けたのは、
権力やステイタスのシンボルとしての位置づけがあったのではないだろうか。
日本刀に関し、さらなる興味が深まった1冊であった。




刀の日本史 (講談社現代新書)
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