「根府川の海」という詩 (茨木のり子)

またまた、詩集を読んでいる。
今回の旅行の目的の1つに根府川駅に降り立つというのがあって、その元になったのは茨木のり子の「根府川の海」という詩である。

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茨木のり子の「六月」という詩はまだ30代のころの私をドイツにいざなってくれた詩である。

六月

どこかに美しい村はないか
一日の仕事の終りには一杯の黒麦酒
鍬を立てかけ 籠を置き
男も女も大きなジョッキをかたむける

どこかに美しい街はないか
食べられる実をつけた街路樹が
どこまでも続き すみれいろした夕暮は
若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

どこかに美しい人と人との力はないか
同じ時代をともに生きる
したしさとおかしさとそうして怒りが
鋭い力となって たちあらわれる



どこにもドイツなんて表現されていないのだが、ちょうどそのころドイツの農村計画を調べていて「わが村を美しく」という運動がドイツで展開されていることを知り、この詩と結びついたというわけだ。そして、実際にバイエルン州の美しい村を訪ねる旅に出ることになる。


あと、母親から聞かされた話と同じような詩もある。


わたしが一番きれいだったとき 

街々はがらがら崩れていって
とんでもないところから
青空なんかが見えたりした

わたしが一番きれいだったとき
まわりの人達がたくさん死んだ
工場で 海で 名もない島で
わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

わたしが一番きれいだったとき
だれもやさしい贈り物を捧げてはくれなかった
男たちは挙手の礼しか知らなくて
きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

わたしが一番きれいだったとき
わたしの頭はからっぽで
わたしの心はかたくなで
手足ばかりが栗色に光った

わたしが一番きれいだったとき
わたしの国は戦争で負けた
そんな馬鹿なことってあるものか
ブラウスの腕をまくり
卑屈な町をのし歩いた

わたしが一番きれいだったとき
ラジオからはジャズが溢れた
禁煙を破ったときのようにくらくらしながら
わたしは異国の甘い音楽をむさぼった

わたしが一番きれいだったとき
わたしはとてもふしあわせ
わたしはとてもとんちんかん
わたしはめっぽうさびしかった

だから決めた できれば長生きすることに
年とってから凄く美しい絵を描いた
フランスのルオー爺さんのように
              ね



「茨木のり子全詩集」の年譜を見ていると、生年は母親と1年違いだ。そういう時代だったということだ。
そして、「根府川の海」という詩。

根府川の海

根府川
東海道の小駅
赤いカンナの咲いている駅

たっぷり栄養のある
大きな花の向うに
いつもまっさおな海がひろがっていた

中尉との恋の話をきかされながら
友と二人ここを通ったことがあった

溢れるような青春を
リュックにつめこみ
動員令をポケットに
ゆられていったこともある

燃えさかる東京をあとに
ネーブルの花の白かったふるさとへ
たどりつくときも
あなたは在った

丈高いカンナの花よ
おだやかな相模の海よ

沖に光る波のひとひら
ああそんなかがやきに似た
十代の歳月
風船のように消えた
無知で純粋で徒労だった歳月
うしなわれたたった一つの海賊箱

ほっそりと
蒼く
国を抱きしめて
眉をあげていた
菜ッパ服時代の小さいあたしを
根府川の海よ
忘れはしないだろう?

女の年輪をましながら
ふたたび私は通過する
あれから八年
ひたすらに不敵なこころを育て

海よ

あなたのように
あらぬ方を眺めながら……。




根府川駅はあの頃と同じカンナの花が咲いているだろうか。


ひたすらに不敵なこころを育て

海よ

あなたのように
あらぬ方を眺めながら……。





茨木のり子略譜

1926(大正15) 大阪で長女として生まれる 父は医師
その後、京都、愛知県西尾市
1937年 日中戦争 実母亡くなる
1941年 太平洋戦争 女学校3年
1942年 父の病院開業とともに吉良町へ移る
1943年 帝国女子医学薬学理学専門学校薬学部入学
1945年 敗戦 東京から吉良町へ無賃乗車で帰る
1946年 専門学校卒業。薬剤師の資格を得るが、無試験であったことから、自らを恥じその後、薬剤師の資格は使用せず。

1949年 医師三浦安信と結婚(23歳)
1950年 ペンネーム茨城のり子で詩を投稿
1953年 同人誌「櫂」創刊
1955年 詩集「対話」(不知火社)「根府川の海」収録(29歳)
1958年 詩集「みえない配達夫」(飯塚書店)「六月」「わたしが一番きれいだったとき」収録

1963年 夫をくも膜下出血で亡くす(37歳)
1967年 詩集「鎮魂歌」

1976年 朝鮮語を習い始める。

2000年 大動脈解離で入院
2006年 くも膜下出血で自宅で死亡(97歳)


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幸いなことに「六月」と「わたしが一番きれいだったとき」が載った「見えない配達夫」(飯塚書店版)が図書館に残っていて借りることができた。私と同じくらい古い本だ。

「見えない配達夫」の「はじめての町」「悪童たち」も面白い詩だ。





茨木のり子全詩集 - 茨木 のり子, 治, 宮崎
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対話―茨木のり子詩集 - のり子, 茨木
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