「布良海岸」の切り通しの道 (2022 相模・安房 黒潮紀行)

ずっと昔、まだ高校生の夏休みが終わるころ。
深夜放送だったと思う。

詩の朗読があって、その詩はうろ覚えだったが、なぜか印象に残り、
「夏の終わりの海で一人で泳いで、切り通しの道を帰りながら、私の夏が終わった」
という内容だった。

海岸の名は「めら」
まだ、インターネットもグーグルもない時代。
誰の詩なのか?
どこにある海岸なのか?
ずっと引っかかったままだった。



あれから何十年も経ってしまった。
その詩は、高田敏子の「布良海岸」

やっと、その場所に来ることができた。

IMG_3107.JPG




布良海岸 
         高田 敏子

この夏の一日
房総半島の突端 布良の海に泳いだ
それは人影のない岩鼻
沐浴のようなひとり泳ぎであったが
よせる波は
私の体を滑らかに洗い ほてらせていった

IMG_3114.JPG


岩かげで 水着をぬぎ 体をふくと
私の夏は終わっていた
切り通しの道を帰りながら
ふとふりむいた岩鼻のあたりには
海女が四五人 波しぶきをあびて立ち
私がひそかにぬけてきた夏の日が
その上にだけかがやいていた。


IMG_3115.JPG

そう、あの詩と同じ切り通しの道だ。
何変哲もない道だけど、ただこの風景を見たくてやってきたのだ。



ここに来る前、高田敏子全詩集を読んだ。
この詩が発表されたのは、詩人が53歳の時。
その詩人が、再び私に語りかける。


切り通しの道を帰りながら
ふとふりむいた岩鼻のあたりには
海女が四五人 波しぶきをあびて立ち
私がひそかにぬけてきた夏の日が
その上にだけかがやいていた。



海岸を去る時、海岸はまるで詩人が用意してくれたような光になった。

IMG_3110.JPG

















この記事へのコメント