「百舌鳥古墳群」巡りに行ってきた 


仁徳天皇陵(今では大仙古墳というようだが)には、時間旅行者を称するものとしてはずかしながらまだ未踏であった。
百舌鳥古墳群が世界遺産になったことだし、ちょうど、青春18きっぷが1回分残っていたので行くことにした。

最寄り駅は、百舌鳥駅だが普通列車しか止まらなくて、快速の止まる三国ヶ丘駅からの接続もよくない。無人化されたごくローカルな駅である。
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駅を降りると、さっそく布団だんじりが出迎えてくれる。
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世話役とおぼしき年配の人に聞くと、地元の百舌鳥八幡宮の秋祭りだそうだ。
コロナで3年ぶりの開催で、みんな張り切っている。

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これはなにか幸先がいいと思いつつ、踏切を渡り、仁徳天皇陵へ向かう。

手前にビジターセンターがあったので、予備知識を仕入れる。
無料といいながら、なかなかいい展示と、リアルな古墳群空撮の映像が見れる。ここでレンタル自転車があったので、借りることにする。
受付のおねえさんが3人いたのだが、2人は愛想が悪く、「500円と1000円がありますがどうします?」とぶっきらぼうである。
むっとしていると、客を応対を終わったもう1人が、「電動アシスト自転車は1日1000円ですが、乗り捨てでしないなら500円です。」と愛想がいい。よろこんで借りることにする。担当が自転車係と売店販売係と分かれているのか、個体差なのか、同じインフォメーションにいるのによろしくないなあと思いつつ、愛想のいいおねえさんから、世界遺産PR用団扇をもらったので、気を取り直して次へ進む。

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さっそく、「仁徳天皇陵」だが、森のようなものが見えるだけで古墳か何かよくわからない。
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これは一番外の堀で、まだ内側に2つ堀がありその中に本体の古墳があることになる。
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気を取り直して、次の履中天皇陵を目指す。

看板があったので、ここが「履中天皇陵」らしい。
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柵があって中に入れないし、ここがビューポイントとうたっているが、堀と小山の一部しか見えない。

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またまた、がっかりしながら、案内マップに従い、「いたすけ古墳」に到着。

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いたすけ古墳は、付近の住宅開発で壊される運命にあったのだが、市民運動で市が買い上げて一命をとりとめた古墳である。
橋の残骸みたいなものは、開発業者が土の持ち出しに作った橋の残りだそうだ。

今に至るいきさつを含めて、古墳らしいのどかな姿で、好感が持てる。

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次へ急ごう。住宅地の狭い道をたどって「御廟山古墳」へ

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周りはすべて住宅地で池と森があるといった感じ。古代を思い起こす雰囲気はまったくない。

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やれやれとおもいながら、また、住宅地の狭い道を抜けると、突然、神社前に出た。
駅前で見ただんじりが集まる「百舌鳥八幡宮」の秋祭りだ。

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おお、これは素晴らしい。ちょうどだんじりが宮入の最中だ。

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先ほどの「御廟山古墳」は「百舌鳥八幡宮」の奥宮になっているので、古墳にお参りしたかいがあったというものだ。


また、住宅密集地を抜けて、次へ進む。
突然、新興住宅らしくない趣のある古建築が現れる。

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「高林家住宅」といい、天正年間に建てられた大庄屋の屋敷である。
現在も住まれているようで、内部は見れないが、坂の途中に建てられた家屋がいい雰囲気を醸し出している。

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次は「ニサンザイ古墳」であるが、祭りで交通規制されているのとちょっと離れているので迷いながら到着。

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ここも周りは住宅地に囲まれている。それに樋管みたいなものがあり、ため池のような風景である。

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期待外れで、がっかりしながら、古墳群を俯瞰できるという堺市役所展望台に行くことにする。

街中には小さな古墳がいくつも残っている。

宮内庁管理の古墳は柵があって中には入れない。これは「丸保山古墳」石碑があるから古墳とわかるものの、単なる立ち入り禁止の空き地である。
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それ以外のものは公園になったりして、古墳に登れたりする。これは「常の山古墳」
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頂上から見た景色だが、3階建てと同じくらいの眺望である。
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古墳でもフレンドリーな古墳と、愛想のない古墳があるわけだ。

堺市役所へは「西高野街道」をたどることにする。古い寺院や家屋が残りさすがに古い道だとわかる。
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この三差路は、右「西高野街道」、左「竹内街道」である。
堺から上陸した人々は、ここで右手に仁徳天皇陵を見ながら左右に分かれていったのだろう。
しかし、今は仁徳天皇陵は全く見えない。
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南海高野線の踏切を越えると、堺市役所が見えてくる。
いかにも下町ぽい踏切である。
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市役所21階ロビーは休日も無料で開放されているのがいい。

これが「仁徳天皇陵」と向こうに「履中天皇陵」の俯瞰であるが、前方後円墳の姿は全く見えない。
如何せんピラミッドのように高くなく、その代わり平面的に大きいから仕方がない。
しかし、木が茂っていなかったら、確かに目立つ存在だろうと思う。
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よく見ると「仁徳天皇陵」の手前に「永山古墳」と「丸保山古墳」、向こうに「御廟山古墳」が見える。
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仁徳天皇陵、反正天皇陵、履中天皇陵は海岸線から見ると横向き一列に配置されている。これは上町断層崖の地形を利用して、海上からよく見えるように作られたことがわかる。


ロビーにボランティアガイドの方がおられていろいろ話を聞いた。

その中で、摂津と和泉と河内の境にあるので堺というのを初めて知った。
三国ヶ丘駅という名前の由来がわかった。

堺は、兵庫の津が平清盛失脚とともに寂れ、堺が台頭してきた。
ちょうど正面対岸には兵庫の津がみえる。
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ロビーには堺出身の「さいとうたかお」の展示もやっていて、「ゴルゴ13」の全巻展示に見入ってしまった
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最後に「反正天皇陵」を見に行くが、これもまた残念な古墳景観であった。
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今回のまとめとして、世界遺産ということで「エジプトのピラミッドより大きい仁徳天皇陵」という期待を持って行ったものの、残念な結果だった。その代わりに、百舌鳥八幡宮のだんじりが見れたのはよかった。

GoogleMapを3Dにしてみると全体がよくわかるし、
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国土地理院地図で3Dを作って、自分でぐりぐり回して、古墳を愛でて思いを巡らす方のもいいな思うのだった。
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